2008年06月11日
『ビジネスに「戦略」なんていらない』
平川 克美著 2008年6月21日発行 819円(税込)
2004年に出版された『反戦略的ビジネスのすすめ』が新書向けに加筆・修正されたものです。著者はいくつかの会社の経営に関わっておられ、ビジネスの現場にいる方です。
本書は、読む人が本から何を期待するかによって評価が分かれる本です。現代思想の香りのする抽象的な記述が多いため、ビジネスに直接役立つノウハウを求めている方は、本書を読みながら何かしらもどかしい感覚を抱くかもしれません。
本書を読んでいるときにもどかしい感覚が生じるのは自然な状態です。なぜならば、本書はビジネスにおいてふだん当たり前のことととらえてその意味を考えないようなことについて、一つも二つも上の視点から眺めているからです。
例えば、本書のタイトルにある戦略ですが、一般的に戦略について考える場合いかにして特定の戦略を利用するかについてはよく議論されます。一歩つっこんで議論されるとしても、より適した戦略があるかないかについてくらいでしょう。
本書では、ビジネスの場面における戦略という考え方自体の適切さについて議論されています。戦略という概念はもともと戦闘での概念なので、戦略という概念を用いること自体が本来そうでないかもしれないビジネスに対する見方にゆがみをもたらしている可能性などについて考察されています。
本書は本質的にはものの見方についての本です。著者が長年ビジネスと深く関わっておられるため、題材としてビジネスが選ばれているのでしょう。
ビジネスをどのようにとらえるかは人によって異なります。ある人にとってはお金儲けの手段、別の人にとっては自己実現の過程、あるいは、社会のため、暇つぶしなどいろいろとあることでしょう。とらえ方は一つではなく、複数重なっているでしょう。自分でもどのようにとらえているか意識できていないこともあります。
本書を読むとビジネスには固定された実体はなく、個々人によるさまざまな解釈のみが存在することがわかります。多くの人の解釈が共通する部分が実体的にとらえられやすく、例えば今の時代では戦略がキーワードになっているようです。
本書はビジネスがテーマですが、実体がなく解釈があるというのはあらゆる現象に適応できる考え方なので、本書は思想・哲学の本です。現代思想のタームが数多く使われており、最後に現代思想の著作が多い内田樹氏と著者とのやりとりがあることからもそれがわかります。
ちなみに、内田樹氏は著者が若い頃に会社で一緒に働いていたいうことです。内田氏の著作にもその頃のエピソードはたまに出てきます。
本書は読んでいるときにある種のつらさがあるのですが、そのつらさはふだん当たり前と思っていることを一つ一つ見直すときとつらさです。本書はビジネスにおいて直接すぐには役に立たないかもしれませんが、ビジネスについての奥行きを深め幅を広げることができる本であると思います。