2008年07月19日
『夫婦の格式』
橋田 壽賀子著 2008年7月22日発行 735円(税込)
書影がまだありませんが、集英社新書の新刊です。著者は「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」などのテレビドラマの脚本家として有名な橋田壽賀子さんです。
『国家の品格』、『女性の品格』などの本がしばらく前に大ベストセラーになりました。その後「品格」という言葉がタイトルに含まれる本が次々と出版されましたが、今度は「格式」がキーワードになるのでしょうか。
本書は、著者ご自身の夫婦生活の体験をもとに、夫婦のあり方について著者の考え方を述べられた本です。大ヒット作を出されたプロの脚本家が書かれた本だけあって、飽きることなく読み続けることができました。
本書で述べられている夫婦生活のあり方は、「男を立てる」「内助の功」などが考え方の軸になります。現代ではほとんど省みられなくなった、封建的な夫婦のあり方を著者は理想とされています。
本書では心理面も含め、かなり具体的に著者の夫婦生活が描写されています。「男を立てる」ことについては、かなりの程度まで実践されたようです。例えば、著者は夫と話すときはずっと敬語を使っていた、著者の稼ぎは夫の口座に入れていたなどのことを実際にされていたようです。
なぜ昔の女性は今の女性と比べて夫を立てていたのでしょうか?
昔は封建的であったと言ってしまえばそれまでですが、これには合理的な理由があると思います。
「立てる」という行為は相手を持ち上げることです。自分を低めて相手を高めます。そうすると相手はどのように感じるでしょうか?
高めてもらって嬉しいとは思いますが、一方的に高めてもらうと一方的に与えられることになり負い目ができます。「立てる」という行為は相手に心理的な負い目を与える一つの手段です。
昔の妻は自分の労働資本については、夫を通じてしか経済的資源に変換できませんでした。夫から経済的資本を手に入れようとするのであれば、夫に何かを与える必要がありますが、その手段の一つが夫を「立てる」ことです。昔は「立てる」ことには経済的合理性があったわけです。昔の妻は経済的な必要性に追われて、仕方なく夫を立てていたという面はあると思います。
ところが現代では労働市場が女性に開放され、妻は自分の労働資本を労働市場で経済的資源に交換することができます。そのため、以前ほどは夫を立てる必要がなくなりました。専業主婦ならば、今でも夫を立てる傾向は強いと思いますが、いざとなれば自分で働くことができるので、以前の女性ほどは夫を立てることはないでしょう。
橋田壽賀子さんは結婚後売れっ子の脚本家になったので、夫を立てる必然性はなくなりました。本書を読むとわかりますが、それからでもかなりつらい思いをしながら夫を立てることを続けられたようです。
このことは一見経済的合理性に反するように思われます。橋田壽賀子さんは経済的資源を得るために夫を立てる必要は全くありませんでした。
ではなぜ夫を立てていたのでしょうか?
橋田壽賀子さんのドラマは家族間の情動をからめた関係がテーマになっています。本書にも書かれていますが、「おしん」は姑さんとの葛藤が創作のエネルギーになっていたようです。
おそらく著者も意識しない部分で、自分を封建的な状態に置くことにより、その状態にある女性の心理状態を体験することによって創造のエネルギーにしていたのでしょう。
橋田壽賀子さんが心の深い部分で最も欲していたのは、楽な結婚生活を送ることでもなく、経済的に自由な生活を送ることでもなく、人々に感動を与えるドラマを作り出すことだったのでしょう。
著者がその状態になるように、そのことを最も欲求している潜在意識が著者に封建的な夫婦観を持つ夫と結婚させ、姑と巡り合わせ、封建的な男女関係をよしとする価値観を著者の意識に持つようにさせたのでしょう。
本書は封建的な男女関係が崩壊している現代の男女のあり方に対するアンチテーゼとはなり得ますが、昔と比べて女性を取り巻く経済的状況が変化していること、そしてほとんどの女性は著者のような体験を潜在意識が求めていなことを考えると、多くの女性の心からの共感は得られないかもしれません。ただし、読み物としては面白いと思います。








