2008年08月15日
『凡人として生きるということ』
押井 守著 2008年7月30日発行 798円(税込)
著者は「アニメーション・実写映画監督」をされている方です。2008年の8月、つまり今月ですが、『スカイ・クロラ The Sky Crawler』が公開されており、本書はそのタイミングに合わせて発売されているようです。
さらに『他力本願―仕事で負けない7つの力』『アニメはいかに夢を見るか―「スカイ・クロラ」制作現場から』の2冊も発売されていますが、今回発売された3冊のうちでは、本書がいちばん一般向けに書かれています。
章のタイトルを見ると、幅広いテーマが論じられていることがわかると思います。
- オヤジ論---オヤジになることは愉しい
- 自由論---不自由は愉しい
- 勝敗論---「勝負」は諦めたときに負けが決まる
- セックスと文明論---性欲が強い人は子育てがうまい
- コミュニケーション論---引きこもってもいいじゃないか
- オタク論---アキハバラが経済を動かす
- 格差論---いい加減に生きよう
本書を読む限では、著者は「凡人的」ですが「凡人」ではないと思います。本書に書かれていることは、章の説明からもアクの強さが読み取れますが、面白い人生論はアクの強さが存在することが多いようです。
本書に書かれている多くの著者の主張に対しては、反論も存在するでしょうし、その反論の方に納得しやすい人もいるでしょう。どちらが正しいというわけではないのですが、今の時代はこだわりを持つことに存在感があり、存在感があること自体が価値になります。
なぜならば、混沌とした時代にわかりやすい価値を表明することは、受け取る側の心を安定させる作用があるからです。主張が正しいかどうかよりも、その主張が形成される過程において、その人がそれくらいこだわりを持って過ごしてきたか、そしてその結果その人がどれくらい自分が体験的に獲得した主張に自信を持っているかが重要になります。そしてそれが存在感となります。
よって今の時代に評価されたければ、
- 自分のこだわりを徹底的に追求すること
- そしてそれをわかりやすく表現すること
以上の二つポイントになります。とくに重要なのは後者です。いくら自分の好きなことを追求しても、わかりやすく理解されるように表現されないものは、他人からは存在しないのと同じだからです。
現代はオタク的な心性を持つ人々にとっては、以前よりはるかに生きやすい時代になりました。表現能力を持っているオタク的な人々は最強の存在かもしれません。本書を読むとそのようなことを感じることができます。
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この記事へのコメント
最近こちらのブログを発見したのですが、1日1冊本を読む、のみならず、書評をまとめて毎日更新する、という内容に、驚異の目を持って眺めています。
この本読もうかな〜と思ってるうちに、こちらのブログに紹介されているのを見て、読んだ気になってしまうこともあります。(苦笑)
これからも参考にしたいので、よろしくです。
(自分も読んだ本について、トラックバックさせてもらいました)
その後小学生は幽体離脱したかのような視点から絵を描いているのを見て「すごいな」と思いました。
凡人であるということや、特異な視点を持っているということに監督は年齢を経て気がついたのだと思います。
学校というのは、他人と調和し、一定の個性を摺り寄せるところだと個人的に考えていますが、特異なことが特殊でも、劣位でもないといういい講義のように思いましたね。
>donaldさん
はじめまして。コメントいただきありがとうございます。
毎日本を読むのは問題ないのですが、ブログを更新するのはたまにしんどいこともあります。でも、ペースを崩すとそのままズルズルと休んでしまいそうなので、ちょっとだけ頑張ることにしています。
このブログの記事はたまたま書評になっていることもありますが、思いついたことだけを書いていることが多いので、本に書いてあることはほとんど書かれていなかったりすることもあります(汗)。
こちらも訪問させてもらいますので、こちらこそよろしくお願いします。
>マリンゾウさん
コメントありがとうございます。
だんだんと特異であることの価値が高騰しつつある時代になってきているように思います。
特異であることの本来の価値については、子供は敏感なので、わかっているようです。大人になると鈍感になりやすいのですが、本書の著者のように自分に素直に生きて原始的な感覚を追求すると、子供の感覚を維持できるのかもしれません。
お書きの通り、学校は他者との調和の方法や意義を教える役割を担っていると思いますが、そのことが過度になると、特異なことを価値が低いことと思わせてしまいやすくなります。バランスを取るのが重要なようです。









