2008年08月21日
『カリスマのつくり方』
戸矢 学著 2008年9月2日発行 735円(税込)
著者は神道の神主をされている方ですが、企業のCC(Corporate Communication)戦略の仕事もされています。本書は政治や企業経営におけるカリスマやブランドの分析と作り方、そしてそららのメディア戦略について述べられています。
本書によるとカリスマはもともと宗教の教祖から来ている言葉であり、神主でもある著者が本書のような本を書かれているのは、自然なことなのかもしれません。
カリスマという言葉は、最近はカリスマ美容師やカリスマ料理人などの使われ方をしており、意味が広がっているぶん言葉の重みが減少しているようですが、本書で扱われているカリスマは本来の重い意味のカリスマです。
政治の指導者にしても企業の経営者にしても、カリスマが存在できるのは多くの人の心にカリスマを求める気持ちがあるからです。ヒトが集団生活をするにおいて、凝集性を高めるために、カリスマは必要とされていたのでしょう。
カリスマがカリスマでいられるのは、群集がカリスマをカリスマと見なしたいからです。カリスマはカリスマだけでは存在できません。カリスマに導いてもらうと、自分達で考える必要がなくなり心理的に楽になります。
現代はマスメディアが発達したので、カリスマは数億人規模人々に対してカリスマとして存在できるようになりました。本書にも述べられているナチスの事例などを見てもわかるように、カリスマによるリスクは大きくなっています。
カリスマはよい方向に利用できればよいのですが、数億人程度の人々に影響を与えうることを考えると、現代ではおそらく危険性の方が大きいでしょう。ここ100年くらいを考えると、世界の悲劇の多くはカリスマ的な人物や思想が関係しています。
危険なだけであればよいのですが、カリスマは有用なことも多いのが難しいところです。カリスマ的な経営者によって企業が発展した実例なども本書に載っています。
カリスマの存在はその基盤が群集心理の深い部分に根差しているので、今後もなくならないことでしょう。となると、ポイントはいかにして存在をコントロールするかです。
群集心理と関連があることを考えると、カリスマはバブルとも似ています。両者のコントロールが難しいのは、非合理的で意識化しにくい人間の「狂気」の部分と関係があるからです。ヒトはバブルに酔いたいですが、同様にカリスマにも酔いたい存在です。そう考えるとコントロールは難しそうです。
バブルが繰り返されていること、そして今後も繰り返されるであろうことを考えると、おそらくカリスマによるミスリードは今後も繰り返されるでしょう。市場がグローバル化したため、サブプライム問題のようにバブルの影響は世界的な規模になっていますが、メディアの発達によりカリスマの影響も世界的規模になるのかもしれません。
本書ではカリスマの概念を出版やインターネットとも関連づけた解説がありましたが、そのあたりも面白く読めました。こぼれ話としては、図書館が10冊新刊書籍を購入すると、書店での売り上げが100冊減少すると言われているそうです。
トラックバックURL
この記事へのコメント
勝間和代さんも推薦しているようです。
自分の予測としは、bestbookさんは収集心、学習欲が出るのではないか?と。(あくまで予測です)
非常に興味あるところです。
ぜひ、気が向いたら、受けてみてください。
しばらく前に他のブログでも紹介されていたようですね。この本は買っていないので、買って読んだ後にやってみようと思います。
御提案いただき、ありがとうございました。









