2008年09月07日
『ソロスは警告する』
ジョージ・ソロス著 徳川 家広訳 松藤 民輔解説
2008年9月1日発行 1680円(税込)
世界的に著名な投機家であり、現在は「慈善事業家」でもあるジョージ・ソロスの新刊です。本書は原書が出版されてから数ヶ月しか経っておらず、急ピッチで翻訳されたことが分かります。
ジョージ・ソロスの本は独自の哲学的な内容が多く、分かりにくいと言われるのですが、本書は哲学的な記述が一部見られるものの、全体的には以下の章のタイトルから分かるようにバランスよくまとめられています。
- 根本概念
- 私はいかにして哲学者として挫折したか
- 「再帰性」の理論
- 金融市場における「再帰性」
- 超バブル仮説
- 私はいかにして投資家として成功したか
- 2008年はどうなるか?
- 政策提言
ソロスの哲学のキーワードは章のタイトルにもあるように「再帰性」です。「再帰性」とは一般的に聞き慣れない言葉ですが、本書での定義によると「世界の現実的ありよう」と「観察者の世界理解」が双方向的に干渉することです。
これだけだと抽象的でわかりにくいかもしれませんが、本書にある証券市場のたとえを用いて、市場の参加者によって株価が影響を受け、市場の参加者は株価によって影響を受けるためお互いに影響を与え合うという例などから考えるとわかりやすいと思います。
この「再帰性」をキーワードにして構築されたソロスの哲学は経済学者や哲学者にはソロスが納得のいくような形では受け入れられていないようです。それにはいくつかの理由が考えられます。
まずはソロスが投機家として成功しすぎていることです。最初にある松藤氏の解説によると資産は1兆3000億円だそうです。ある分野で成功した人が他の分野での専門性を主張しても、もとの分野での成功が大きければ大きいほど相対的に他の分野での活躍が過小評価されがちになります。
経済学者に評価されないのは、ソロスの考えが経済学ではなく哲学であるということもありますが、根本に不可知論的な主張があるからです。経済学者は「明らかにする」ということが役割ですが、「明らかにする」ということ自体の無意味さを主張すると、自分たちの役割が否定されているように感じてしまうため、ソロスの主張は受け入れにくいかもしれません。
哲学の分野でも評価されていないのは、ソロスの考えを哲学としてのみ考えるととくに新味がないからかもしれません。「再帰性」の考え方がもっとも有効なのは金融市場においてです。また、哲学者は金融市場で莫大な富を築いた人から生まれた哲学は心情的に評価しにくいかもしれません。
やはり本書で興味深く読めるのは、ソロスが現在の市場をどのように眺めているかであり、そのこと自体がソロスの哲学が哲学として広まりにくいことを示しています。
ソロスによると、サブプライム問題に端を発する現在の市場の混乱は、アメリカの住宅バブルの崩壊ということだけではなく、それより大きな「超バブル」の崩壊によるものであると考えているようです。
「超バブル」とは、信用膨張、金融市場のグローバリゼーション、金融規制の撤廃の進展とその結果としての金融技術の加速度的な発達が原因となって起こったとしています。
ソロス自身の哲学通り、自分の考えが間違っている可能性についても言及されていますが、これからの世界経済、とくにアメリカ経済のゆくえについてのソロスの考えはかなり悲観的と言ってよいでしょう。松藤氏が本書を解説しているのも納得できます。
ソロスの予測が当たるかはずれるかは分かりませんが、もしもはずれるとしたら、自分の哲学が認められたいと思っていることが過度の悲観的な見方を生じさせているためかもしれません。
市場が混乱すればするほど市場は制御不可能となり、ソロスの哲学の通りになります。市場が混乱するほどソロスの哲学の「正しさ」が実証されることになります。
ソロスがもしも結果的に過度に悲観的であるとするならば、自分の哲学が認められたいという願望が無意識に悲観性を生じさせているのかもしれません。本書からは、ソロスの自分の哲学が認められたいという強い願望を感じます。
また、本書の一つの章をさいて今年の始めのほぼ4ヶ月間にわたる投資判断のプロセスを「実況中継」しています。この部分は本書の読みどころの一つであり、かなり試行錯誤しているということが表現されています。
試行錯誤していること、つまり自分の投機家としての不安定性の表現によっても自身の哲学の正しさを暗に伝えているように思われます。
トラックバックURL
この記事へのコメント
果たして、著者の悲観論が的を得ているのか否かは、まだ判定を下すことはできないですね。
コメントありがとうございます。
本書はソロスの本の中では読みやすく書かれていると思います。いろいろな点から書かれており、お書きの通り、興味深い本です。
著者の予測通りなるかどうかはわかりませんが、当たるにしても当たらないにしても、本書を読んでいると、今後の市場の展開をより興味深く眺めることができるように思います。