2009年03月13日
『リスクをヘッジできない本当の理由』
土方 薫著 2009年3月9日発行 893円(税込)
リスクをヘッジできない本当の理由 (日経プレミアシリーズ)
著者:土方 薫
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2009-03
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著者は過去にも金融工学の入門書を書かれています。本書も新書なので入門的な内容ですが、テーマを市場におけるリスクについて絞って書かれているので、比較的深い内容になっています。
本書は図表や挿絵も豊富であり、たとえ話などの構成もかなり練られているように思います。本をぱらぱらと開いて眺めているとその感覚が伝わってきます。本書の目次は以下の通りです。
- マネーゲームの後始末
- どこまでトレーダーを信じてよいのか
- トレーダーの判断は合理的か
- 市場は本当に効率的か
- 金融工学者たちはリスクをどう捉えようとしてきたのか
- 金融工学モデルは使えるか
- 市場の本性
- 市場のカラクリ
本書のような内容の本が出版されるのは、リスク管理が大きなテーマの一つであるはずの金融のプロフェッショナルが数多く参加している市場において、今回のような歴史的な金融危機が発生したからでしょう。
金融危機は10年の単位で生じており、市場は本質的に危機を内在しているといってもよいほどです。このことは、リスクと不確実性の違いを焦点にして議論されることもあります。リスクは確率分布を仮定できるもの、不確実性は確率分布を想定できないものです。
本書でも心理的な側面についても述べられており、「異常値」が統計的に推定される以上に生じていることが書かれています。統計的に推定されている以上に生じているということは、最初の仮定が間違っているということでしょう。
市場の正規分布には価格のランダムな動きが仮定されていますが、人間の心理が他者から影響を受けること、信用取引の強制決済、プログラム売買による損切りなどを考えると、市場は一定以上範囲を超えて動くと、その方向への動きが加速されることは市場に参加されている方であれば実感としてわかると思います。
人間が行う将来の予測は、過去の経験をもとになされますが、未来は過去とは必ずしも同じようにはなりません。未来を予想する理論は過去の経験から作られますが、過去の経験が未来にも当てはまると思うのは、その理論を過剰に信頼していることになります。
ある瞬間の株価は一つの価格に決まっていますが、その価格は過去の情報、現在の状態から推定された将来の期待によって決まり、その期待は市場参加者の思い込みによって成り立っています。思い込みは非常に移ろいやすいものですが、その移ろいやすいものの集合の表現が株価です。
株価は非常にはかないものの均衡によって成り立っています。人の心の移ろいやすさは市場から離れると明らかですが、市場における価格として表現されると価値が価格として必然的に一定の値を取るように思われてしまいます。
しかしながら、そもそも価値は人間の心が決めるものなので、価値自体も変動しやすく、価値をお金の値として表した株価はさらに変動しやすいはずです。
生命保険は、巨大隕石が地球に衝突することや、伝染性の強い致死的な感染症が突発的に発生しないことを前提にしていると思います。たびたび大火災が生じた江戸時代には、江戸だけを対象にした火災保険は成立しなかったはずです。ペストなどによって人口のかなりの数の人々が死亡する可能性のあった中世ヨーロッパにも生命保険はなかったことでしょう。
生命保険は伝染性の強い致死的な病気がなくなって初めて、火災保険は火災を途中で食い止めることができるようになり無制限に火事が燃え広がらなくなって初めて成り立つようになったはずです。
それらに比べて、金融はまだまだ無制限に被害が伝わっていく構造が残っていることがわかります。よってCDSなどは本来原理的に成立しにくいはずです。にもかかわらず、CDSなどが成り立っていたのは、病気や火災と比較すると、金融の危機については人間は実感として危機を感じにくいということもあるのかもしれません。リスクをヘッジできるという思い込みが、リスクをヘッジしにくくしているようです。
伝染病や火災の例から考えると、ポイントは連鎖的に伝わることを食い止めるシステムを作り上げることができるかどうかによると思います。伝染病や火災は物理的に食い止めることができればよかったのですが、金融は人間の心理の伝染を食い止めるという問題なので、その分難しい点があるように思います。
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この記事へのコメント
ちょうどこの本、気になっていました。
大変勉強になります。いつも素晴らしいコメントをされていますね。
ぜひ読んでみたいと思います。
これからも更新楽しみにしています。
記事をご評価いただきありがとうございます。本書は焦点が絞られているという点で貴重だと思います。
新書であること、工夫して書かれていることなどにより、読みやすくおすすめです。