2009年04月19日
『「理工系離れ」が経済力を奪う』
今野 浩著 2009年4月10日発行 893円(税込)
「理工系離れ」が経済力を奪う (日経プレミアシリーズ)
著者:今野 浩
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2009-04
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本書の主張は一言で述べると、「工学部を手厚く処遇せよ」ということです。メッセージははっきりしているのですが、それを伝えるため、大学教育や学部についてのエピソードが語られており、著者の言いたいことよりもむしろそれらの話の面白さが印象に残る内容です。
エッセイとしてはよく書かれているのですが、著者の本来の主張を伝えるという意味においては、エッセイとしてうまくできすぎているが故に、かえって本来の意図から遠ざかっているかもしれません。
著者は工学部出身で金融工学を専門にされているため、学際的な話が多く、日本における文系と理系の存在について考えさせられる内容です。
専門分野に没頭するが故に、社会的には文系より不遇な理系という視点ですが、理系の脱世俗的なところが理系的な研究を発展させるので、理系が立ち上がって問題を改善すること自体が、理系の本来の役割から遠ざかることになります。
プロ野球選手が球団経営をしなければならない状況は、そのチームを強くすると言う点ではあまり望ましくない状況であるのと同じです。プロ野球選手は何も考えずに野球に没頭できる方がチームは強くなることでしょう。
本書は理系の立場から書かれているので、どうしても理系が文系に比べて損な役割を担っているという視点になりがちですが、文系の方にはそれなりの言い分もあるでしょう。文系の苦労は人間関係を調整する際のストレスであると思います。
戦後の日本の発展はモノ作りによってなされてきましたが、本書によると、モノ作りを支えていたのは、工学部出身のの優秀な人たちでした。その割には工学部が軽視される流れにあるようです。
本書では理系と文系の違いのみならず、外部からはわかりにくい理学部と工学部の違い、経済学と金融工学などの立場の微妙な差異、大学の位置づけなどが語られており、学問も政治力や人間関係の影響を多く受けることがよくわかります。
また、イノベーションを起こす場としての大学についても語られていますが、そのためには大学にお金を投資する必要があるようであり、本書では大学に対する金銭的サポートの重要性ついても提言されています。
文系と理系がお互い理解しにくいのは、おそらく人間の認知のパターンの違いに基づくものであるため、実際に考えられているよりも根深く容易には調整できないものかもしれません。また、お互いに微妙な優越感と劣等感を持ち合っているような面もあります。
文系と理系の相互理解の難しさは、女性と男性が理解し合うのが難しいことと似ています。少なくとも必要なのは、お互いが意識的に理解しようとすることですが、そのような点で本書のような本は、相互理解のきっかけとしての意味が大きいかもしれません。