2007年12月02日
『亜玖夢博士の経済入門』
橘 玲著 2007年11月30日発行 1650円(税込)
『マネーロンダリング』『「黄金の羽根」を手に入れる自由と奴隷の人生設計』『臆病者のための株入門』などの経済小説や資産運用の解説書で有名な橘玲氏の新作です。これらの3冊は新書や文庫で手軽に入手できます。
いままで小説として書かれた著者の作品はドキュメンタリータッチでしたが、本作はひと味違った味わいがあります。表紙やタイトルからも想像できると思いますが、ブラックユーモアに満ち溢れています。藤子不二雄Aの『笑ウせえるすまん』シリーズを思い起こさせる内容です。
本書は文藝春秋に連載された五話の物語からなっています。それぞれの話のタイトルが、「行動経済学」、「囚人のジレンマ」、「ネットワーク経済学」、「社会心理学」、「ゲーデルの不完全性定理」となっており、経済学や論理学における一般的にも話題となりやすいテーマを小説化しています。
本書の登場人物はそれぞれ象徴的な存在です。亜玖夢博士は法則、博士のスタッフは法則を世界で展開するエネルギーと物質、相談者は欲望、執着、恐れなどの人間心理を象徴しているように思います。
興味深いことに、善悪を象徴する登場人物はありません。小説の世界は善悪に対しては無関心であるかのごとく進行します。あたかも現実の世界が善悪にかかわらず進んでいくかのようです。
この小説において善悪の価値判断をする存在があるとすると、それは読者かもしれません。現実の世界においても、善悪はそれぞれの人の心にあるかのようです。
著者の本には、お金や資産運用について解説されている本でもシニカルさがありましたが、本書は今までの小説にはない一つの完成された世界が存在しており、著者の持ち味が存分に開花しています。
本書は、オリジナリティ、時代の流れ、著者の今までの活躍の程度などから考えると、直木賞を受賞するかもしれないと予想します。文藝春秋から出版されてもいますし・・・。