2008年08月18日
『男のための自分探し』
伊藤 健太郎著 2008年8月4日発行 1260円(税込)
ここ最近本屋で目立つ本です。おそらく出版社が書店での売り込みにかなり力を入れているのではないかと想像します。著者は哲学者ということで、本書も哲学的な内容がありますが、極めて平易な言葉で書かれています。
本書は内容的に大きく二つの部分に分かれています。前半は進化生物学と脳科学を用いた男性にとっての恋愛に対する解説、後半は哲学的な考察から自分を知ることにより生きる意味を考えることです。
本書に書かれていることは、20歳前後に考える時間を持った人ならば一度は考えていることです。人の行動を根本から説明しようとすると、脳科学や進化生物学は一つの過程の終着点です。本書の特徴は、それらを用いて恋愛について考察されていることです。
脳科学や進化生物学の本をある程度読めば、本書に書かれている内容には自分で自然にたどり着くことでしょう。脳科学や進化生物学の「洗礼」を受けていない方には本書は目からウロコでしょう。恋愛について進化生物学的な解釈を好まない人は、本書の内容を不愉快に感じるかもしれません。
後半の哲学的な考察についても基本的なことが多いため、ある程度哲学的なことに素養がある方は新しい知見は得られないかもしれませんが、明快に書かれているため、頭の中が整理されることでしょう。
後半部の結論としては
「「生きる意味」も「人生の目的」も、「本当の幸福になること」です。」
と、当たり前のことになってしまうのですが、その当たり前のことにたどり着くまでの過程に意味があります。なぜなら、いろいろと考えないと当たり前の結論に到達できないことも多いからです。
本書の結論は一つの終着点ですが、出発点でもあります。本書にあるテーマで堂々巡りして人生に逡巡している方にとって、本書は結論までのショートカットを提供してくれますが、悩んでいる方にとっては逡巡自体に意味があることがあります。
幸福になることを料理を味わうことに喩えるならば、本書に書かれていることは、料理を食べることの意味、料理を味わうことの意味、料理を構成する素材の成り立ち、料理についてのいろいろな人の評価です。
料理を食べることの意味はおいしく味わうことであるという結論は書かれていますが、どのようにおいしい料理を作るか、そしてその料理をおいしく味わうことについては、当たり前ですが、本書では体験できません。
本書を高く評価する人は、本書によって人生の混乱期から抜け出せ、一定の踊り場にたどり着くことができた人であり、本書をあまり評価しない人は哲学的な問題意識がなく(あるいは必要とせず)、現場での実体験を重視する人です。
哲学を必要とする人もいれば、必要としない人もいます。哲学を必要とするかどうかによって、本書は評価の大きく分かれる本です。哲学を必要としない人にとっては、恋愛の意味や本質を解説されるよりも、女性を口説く具体的な方法の方が高い評価を得ることでしょう。
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この記事へのコメント
最近リアル書店にあまり行かなくなったので、たまにはネットでなく書店で買おうと思います。でも、近所には大きめの書店はなし。
たまには東京にでも出てみようかなぁ。
仰ることが大変、含蓄のあることばかりなので驚きましたが、年間2000冊も読まれている、精神科医の方だったのですね。
一冊の本から、著者や読者の深層心理まで見通しておられるように感じました。
当方のブログ『愛と哲学の自分探し』に、他の方の書評と一緒に紹介させて頂きました。
どうも有難うございました。
感謝いただきありがとうございます。実は自分探しは意識しない人もしているのではないかと思います。人が日常生活で「何となく」やりたくなることは、自分探しの過程なのかもしれません。
ネット書店にはネット書店ならではの便利さがありますが、リアルの書店にはリアルの書店での役割があると思います。本の雰囲気を手にとって感じられるのが一番の利点と思います。
東京の本屋は大きいものがたくさんありますが、あまりに大きすぎると圧倒されてしまいます。書店にあるほとんどの本は時間的な限界で読めないことを考えるとちょっと寂しくなることがありますが、時間の貴重さも実感します。
>あなきんさん
著者よりコメントいただきありがとうございます。
御評価いただき幸いです。また、リンクをいただきありがとうございます。
哲学の本は読みにくいものが多いのですが、本書の読みやすさは画期的と言えるかもしれません。
記事にはできませんでしたが、「死」を意識することの必要性なども本書の読みどころだったと思います。「生と死」ならぬ「性と死」を意識することの重要性が解かれていたように思いました。
いろいろ考えて当たり前の結論に辿り着く、その過程に意味がある、もう全くその通りだと感じます。
哲学は日常性の根拠を問うことだと思いますが、問いを深めながら、何処かで自分を納得させて、日常に戻ってくれば良いんでしょうね。どのレベルで日常に折り返してくるかは、人それぞれで構わないと思います。
そう思うようになったのはごく最近です(現在40代)。
でも「本当の幸福」とか言われると、あらためて悩んでしまいそうだな。(苦笑)
哲学については答えを出すことよりも、お書きの通りその過程に意味があるように思います。
哲学の目的は、本書にもあるように、最終的には日常を日々幸福に過ごせることです。日常を楽しむために、非日常的な思索が役に立つようです。
「本当の幸福」と聞くと、たしかに言葉にしばられてしまいそうですね。言葉は思索を深めるツールとしても使えますが、心を限定してしまう副作用もあります。「本当」という言葉には、無限性が含まれているので、どこまで行っても到達できなくなるようなニュアンスがあります。
ある時期ポストモダンどっぷりだった人間には、「本当」という言葉は、時にいかがわしいものにすら感じられます。
言葉はわからないことをわかったかのように錯覚させる働きもあります。その働きは問題もありますが、わかったと錯覚させて不安を押さえる働きもあります。
人は言語を通じて自分の世界に限界を作らないと安定しにくいのですが、実は言葉が限界であるというのは一つの思い込みであり、言葉による安定は仮の安定です。
そのあたりの虚偽性がいかがわしさとして感じられるのかもしれません。
「本当」という言葉は、不安を抑える働きをする言葉として上位にあるのでしょう。
自我は常に不安定であるという、岸田秀の説を思い出しました。
自我は本来不安定なはずなのに、それを無理に維持しようとするところからも不安が生じるようです。本来実体がないのに、実体を持つと思いこんで安心を得たいのでしょう。
はじめまして!
jibun354と申します。
私も『男のための自分探し』読みました!
途中から哲学的な内容になって、自分には少し難しいように感じましたが、大事な事が書かれていると思います。
他の人はどんな読み方をしているのか、興味があるので、『男の��掘拿馼召鬚泙箸瓩織屮蹈阿鮑遒辰討澆泙靴拭�
http://d.hatena.ne.jp/jibun354/20080918/1221814321
にて紹介させていただいたので、どうぞ来ていただければと思います。
ではでは、よろしくです♪
(^_^)
コメントいただきありがとうございます。
一冊の本をテーマにブログを作るのは面白いアイディアですね。当ブログもご紹介いただきありがとうございます。
今後どのように発展されるか興味を持って眺めさせていただきます。



