2010年03月09日
家業再生25
母がホテルの経営に関わるようになってからは、少しずつですが母とは商売の話をしやすくなりました。しかしながら、相変わらず父とは全く話ができませんでした。
商売に関わるようになるにつれて、経営状態について少しずつ実感を伴って状態の悪さを認識するようになった母は、それまで「完全に任せきり」であった父に対して、商売での信用を徐々になくしつつありました。父への商売上の信用が少なくなるのに比例して、母は日々のホテル業務に積極的に関わるようになりました。
表面上はそれまでと変わりなく過ごしていましたが、その時期の父は精神的につらかったはずです。表面上は過去の経営上のことが話題になることはありませんでしたが、家族からの信頼を失い、さらには商売をやめるにやめられない状態になっていたからです。そのような状況では、個人の内面が変化するか、環境が変わるかしかありません。
新たな展開が起こったのは、今から3年近く前のことです。
父が予期せぬ急性疾患で入院することになりました。現在は完全に治癒しており、幸いにして命に関わるような病気ではありませんでしたが、結果的に1ヶ月程度は入院の必要がありました。
その間のホテル業務は、経営に関わり始めて1年くらい経った母が完全に取りしきることになりました。健康な状態では母に業務を任せきることはできなかった父は、不可抗力的に一時的にでも母に業務を完全に任せないといけない状態になってしまいました。
もともとビジネスに対してやる気のなかった父は、その入院をきっかけに経営からは少しずつフェイドアウトすることになりました。まわりの誰が仕事をしないように促したわけでもなく、父がはっきり仕事を辞める宣言をしたわけでもありませんでしたが、自然と商売から足が遠のいたようでした。
父の潜在意識が商売を潰したがっているかもしれないと書きましたが、これは自分が商売から手を引くための一つの手段です。自分以外に任せられなければ、ビジネスを止めるためにはホテルを潰すしかありませんが、自分がいなくても商売が回ることを不可抗力的に悟ってしまったので、積極的に潰す必要はなくなったわけです。一番根底にあったのは、父自身が商売と関わりたくないということでした。
経営の中心が父から母に移るにつれて、10年以上にわたり下降トレンドにあった売上げは底を打ち、利益は残らないものの新たな運転資金を借りる必要はなくなり、「このままいくと潰れるしかない」状態からは少し遠ざかることができました。
父が病気になって経営の中心から手を引くまでの期間は、父の葛藤の時期でした。経営から手を引いて、それまで自分の意思で降ろすことのできなかった重い荷物を手放した父は、日々の生活において肩の力が抜けた印象がありました。
父は楽になりましたが、代わりに重荷を背負うことになったのは母です。母は商売は好きでしたが、いきなり実質的に社長のような責務を背負い込むのは荷が重かったようでした。