2013年07月09日
家業再生45(3年間で行ったこと2)
この3年のうち、最初の2年はほぼ工事ばかりしていたことを書きました。工事の細かい内容については、そのうちわかりやすい部分だけでも書くつもりです。
その後の1年、つまりこの直近の1年は、社内体制の整備をしていました。工事は一段落つきましたが、現在も社内体制の整備は続けています。 時間や身体的労力が必要なのは工事でしたが、精神的なエネルギーが必要なのは社内体制の整備でした。
でも、やはり家族と仕事をするのは難しい。
その後の1年、つまりこの直近の1年は、社内体制の整備をしていました。工事は一段落つきましたが、現在も社内体制の整備は続けています。 時間や身体的労力が必要なのは工事でしたが、精神的なエネルギーが必要なのは社内体制の整備でした。
でも、やはり家族と仕事をするのは難しい。
名義上の社長は父なのですが、体調の問題もあり、自分が関わるようになってからの期間は、ほとんど現場は母が取り仕切っています。現在も日々の現場は母が主(ぬし)です。
会社などの組織は、程度の差こそあれ大なり小なりその組織の長の性質が色濃く反映されるものです。とくに同族の中小企業においてはその傾向があります。父が現場で社長をしていた頃は父の影響が、そして現場の長が母になってからは、母の人となりが組織全体に影響を及ぼしていました。
これはその長が「支配しよう・してやろう」などと意識しなくても、自然にそのような形になります。なぜなら、その組織に属している従業員は意識的・無意識的に、集団に属するヒトの本能として「リーダー」の意向を気にしてその顔色をうかがい、その意に合わせようとするからです。
母については、 日々業務に関わっていることもあり、またホテルの建て直しが母の心の「建て直し」でもあるため、母の名誉を傷つけない範囲において、今後も反面教師的なニュアンスを伴って登場してもらうことになると思います。
一緒に仕事をやりさえしなければ見なくてもよかった家族の職業人としての一面、しかも必ずしもうまく機能しているわけではない側面を目の当たりにすることは、つらいながらも家族を一人の人間として理解する上でよい経験になったかもしれません。
いずれにしても、父にしろ母にしろ家族と密に関わりながら順調ではなかった(というか実質的には潰れていた)家業を建て直すのは、とりわけ本業の合間の週末にほとんど休みを取ることなく続けることは、鼻歌を歌いながら気楽にできるような片手間仕事でなかったのは確かです。
会社などの組織は、程度の差こそあれ大なり小なりその組織の長の性質が色濃く反映されるものです。とくに同族の中小企業においてはその傾向があります。父が現場で社長をしていた頃は父の影響が、そして現場の長が母になってからは、母の人となりが組織全体に影響を及ぼしていました。
これはその長が「支配しよう・してやろう」などと意識しなくても、自然にそのような形になります。なぜなら、その組織に属している従業員は意識的・無意識的に、集団に属するヒトの本能として「リーダー」の意向を気にしてその顔色をうかがい、その意に合わせようとするからです。
母については、 日々業務に関わっていることもあり、またホテルの建て直しが母の心の「建て直し」でもあるため、母の名誉を傷つけない範囲において、今後も反面教師的なニュアンスを伴って登場してもらうことになると思います。
一緒に仕事をやりさえしなければ見なくてもよかった家族の職業人としての一面、しかも必ずしもうまく機能しているわけではない側面を目の当たりにすることは、つらいながらも家族を一人の人間として理解する上でよい経験になったかもしれません。
いずれにしても、父にしろ母にしろ家族と密に関わりながら順調ではなかった(というか実質的には潰れていた)家業を建て直すのは、とりわけ本業の合間の週末にほとんど休みを取ることなく続けることは、鼻歌を歌いながら気楽にできるような片手間仕事でなかったのは確かです。